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2008年11月

2008年11月30日 (日)

つなぎ役の必要性 -日本地域経済学会第20回岡山大会・1日目

2008年11月29日(土)。岡山市の岡山商科大学で行われた日本地域経済学会に参加しました。

この日のプログラムは地域公開シンポジウムとあって会員以外の方々も聴講されていて、150名近くの出席がありました。

テーマは「中国山地再生への課題-過疎からの脱却を目指して-」で、理論だけでなく現場で何が起こっているかを大切にする日本地域経済学会らしく、パネラーとして報告されたのは研究者だけでなく、行政、NPO理事長、自治体シンクタンクの研究員と現場に密着した方々で、非常に地に足が付いた議論が展開されたのが、とても印象的でした。

パネラーの報告によると、中国地方の中山間地は中部地方や東北地方のそれのように、都市や他の集落と隔絶されたどんづまりの集落は少なく、他の地域との交流も比較的容易だということが特徴ということです。しかしそれだけに若者の都市への流出も多く、集落は高齢者ばかりとなり、また荒れた山林のほとんどは全国に散らばる所有権だけの地主のものだそうです。

ただし今、中国山地ではその特性を逆手にとる方策がいくつか試みられています。そのひとつが島根県による「新たな結節機能」を創出する社会実験です。

これは集落の中で交通の便が良い場所に、集落と都市とを結ぶ新たな結節機能「郷の駅」をつくり、そこにNPOとの協働で集落と都市を結ぶマネージャーを置いて、様々な事業を展開しながら新たな人と人とのつながりをつくっていこうというものです。

過疎化は止めようもない中で中山間地の集落がこれからすべきことは、そういった集落間・集落都市間のネットワークを創り出す「つなぎ役」をいかに確保していくかということなのだと思いました。

シンポジウムでも、その誰がその「つなぎ役」になるべきかが議論されましたが、鍵は若者ではないかということでした。中山間地では外から見るとなんでもないことのように思いますが、集落間には昔からいろいろな確執があって、協同して何かやろうとしてもうまくいかないことがよくあります。

しかし、若者にはそれが希薄です。そこで集落に残った数少ない若者、都市からIターンでやってきた若者を、ワークショップなどを通じて「つなぎ役」として育成していく必要があるのではないかという意見がありました。現代の若者は意外と都市生活至上主義でなく、中山間地で人間らしい生き方をしたいと考えているひとが多いとのことです。

ただ理念には共感しても、結局そこで食べていくしくみがないと、若者は外に出て行きます。そのためには小さくても、モノを売り買いして自活していけるような経済システムも必要なのだろうという意見で締めくくられました。

3時間の長丁場でしたが、論点がはっきりしていて得るものが多いシンポジウムでした。

学会二日目の今日は、自由論題報告のひとつとして、「まちの駅・駅長さんアンケート」のデータをもとに分析した研究結果をわたしが報告します。

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2008年11月15日 (土)

ワインツーリズム -山梨県甲州市-

2008年11月9日(日)。まちの駅全国フォーラムin富士の翌日。山梨県庁で農政関係の仕事をされているKさんを訪ね、朝一番の列車で甲府まで足を延ばしました。甲州山梨はフルーツの郷。そしてちょうどこの時期は新酒ワインの解禁とあって、各ワイナリーで試飲ができるのです。また、今年初めての取組として、ワインを楽しみながら地域の食や魅力も楽しめるワインツーリズム2008も開催されました。

残念ながらワインツーリズム2008はまちの駅全国フォーラムがあった11月8日(土)一日のみの開催でしたので、実際にそのイベントを体験することはできませんでしたが、農業に詳しいKさんの案内でそれに近いものを楽しむことができました。

ワイナリーがひしめく勝沼が目的地でしたが、その前に塩山市に寄り、武田信玄の菩提寺である恵林寺を散策。うっすらと木々が色づき、落ち着いた静かな空気が漂っていました。この寺の周辺は枯露柿(ころがき)というつるし柿が、あちこちの民家の軒先につるされて晩秋の風情を醸し出すと言うことで有名だそうです。その中の一軒におじゃまし、中庭で家族総出で柿のへたをとったり皮をむいたりされている工程を見せていただきました。見ているうちにご主人が、熟しすぎてつるせない柿をわけてくださいました。

その場でがぶり。何とも言えぬ幸せが、口の中いっぱいに広がりました。

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軒先にはまだ半分以下と言うことですがたくさんの柿がつるされていて、橙の玉の模様に覆われた家は、まるで制作途中の現代アートの作品のようにも見えました。

それから勝沼に向かいました。まずはぶどう寺として知られる大善寺へ。その由縁とおり右手にぶどうを持った薬師如来を拝顔したあと、中央本線の旧トンネルを活用してつくられたワインカーヴに入っていきました。長いトンネルにワインが整然と眠っています。ボトルの中の静かな眠りが、芳醇な香りを育てているのでしょう。ワインカーヴは入口から奥には進めませんが、谷を挟んでもう一方のトンネルは遊歩道になっていて、1キロ以上先の出口までまっすぐ歩けるようになっています。当然ここも廃線になっているのですが、往時と同じようにレールがひかれていて、まるで向こうから汽笛が聞こえてきそうです。

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そのあとワイナリーめぐりをしました。勝沼は小さな町ですが、50以上のワイナリーがひしめいているそうです。わたしたちは車で回りましたが、ウォーキングを兼ねて歩いてワイナリーをめぐっているグループも何組か見かけました。

いくつかのワイナリーで試飲をさせてもらいました。近代的な工場もあれば、ツタに覆われた洋館のようなワイナリーもあります。ここ勝沼は白ワインが主体とのことですが、新酒、熟成酒、甘口、辛口さまざまあり、またぶどうがとれた畑ごとのワインもあって、「ワイン」という言葉でひとくくりできないような多様性を、自らの舌で実感することができました。

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ワインツーリズム2008に参加したKさんによれば、昨日はワイナリーをめぐる循環バスが走っていたり、各ワイナリーによる手作りのおつまみがあったり、ガイドツアーもあったりと、地元をあげてのおもてなしがあったそうです。また彼女によれば、普段あまり表には出てこないワイナリーのご主人たちがはじめはやはり慣れない口調で説明していたそうですが、それがだんだん上手になり、自らつくったワインのすばらしさを自信たっぷりに、楽しそうに語るようになっていたのがとても印象的だったとのこと。

もてなしのイベントは、もてなす側も楽しめるもの。

彼女の話を聞きながら、まちの駅とイメージをかぶらせて、そのように感じました。今年が初めてワインツーリズムですが、たぶん来年以降も続くだろうなと思います。

夕方の少し前。Kさんに見送られ、丘の上にある「勝沼ぶどう郷駅」から帰路につきました。秋冷の曇り空の下、中央本線の普通列車はゆっくりとトンネルに入っていきました。

2008年11月11日 (火)

まちの駅全国フォーラムin富士・第4分科会に参加して

2008年11月8日(土)。静岡県富士市で行われた「まちの駅全国フォーラムin富士」に参加しました。わたしが参加したのは、2日間のうち1日目のフォーラム・交流会でしたが、日頃からあたたかいおもてなしをなさっている富士市まちの駅の皆さん方ならではの趣向を凝らした企画に感激をしつつ、午後から夜遅くまで楽しく有意義な時を過ごすことができました。

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ただ、そのように楽しかった全体会や交流会については参加された他の方々のブログで紹介されるでしょうから、このブログでは分科会のうち、わたしが参加した第4分科会について、わたし自らが感じたことも交えながら分析をしていきたいと思います。

1. 分科会のテーマ

第4分科会のテーマは「ほんもの」でした。

ただこれだけだとよくわからないでしょうから補足したいと思います。

まちの駅は年々増えてきて現在全国で1400ヶ所を超えています。そのこと自体は喜ばしいことなのですが、多くなってきたことによる悩みもあります。せっかく築かれつつあるまちの駅という「ブランド」を壊すような、困ったまちの駅も中には出現してきているのです。

①看板をかけているだけのやる気のないまちの駅
②まちの駅の要件を満たさないのにまちの駅になり、来訪者に「これってほんとにまちの駅?」と疑問に思われるような施設
③「まがいもの」。まちの駅連絡協議会に加入せずに、勝手に「まちの駅」を名乗っている施設。

このことは、先日のM-9まちの駅九州会議において「九州まちの駅のこれから」としてわたしから報告したことですし、実は2年前の2006年9月30日に福島県会津若松市で行われた「まちの駅全国フォーラムin会津若松」の同じく第4分科会でも、「まちの駅の危機」として問題提起させていただいたことです。

今回のテーマは、この会津大会での一定の結論である「まがいものの出現など、まちの駅の危機に対抗していくためには、まちの駅に関わるひとりひとりが常に原点に立ち戻って、"ほんもの"のまちの駅を地道につくっていきましょう。それがまちの駅のブランドを守ることなのです」を踏まえてのことだと理解しました。

それでは、「ほんもの」のまちの駅をつくっていくにはいったいどうしたらよいのでしょうか。

会津大会の続きとしては、当然このことが具体的に話し合われると考えるのが普通です。もちろんわたしはそれを期待して今回も第4分科会に参加しました。ただし後でも述べますが、今回テーマとしては、「ほんもの」というひとつの単語が示されているだけでした。

参加されている大方の人たちは2年前の会津大会に参加しておられないため、「ほんもの」というひと言だけで上に述べたような趣旨であることが伝わるはずもなく、何をどのように議論していったらよいのか、事例発表者も含め皆さん困惑しているように思えました。そのために具体的な議論展開にならず、さらに分科会の時間配分や運営手法のまずさ(コーディネーターの技量とは関係ありません。)もあって、何とももどかしい気持ちが最後まで続いた分科会でした。以下に、どのように分科会が流れていったかをお話しします。

2. 分科会の流れ

今回はわたしは一般の参加者でしたので、どのような流れになるのか会場に行くまではわかりませんでしたが、資料を見ると5名の事例発表に先だって、「M-9まちの駅九州会議の報告」とあったことにいきなり戸惑いました。

実際はM-9実行委員長で朝倉広域観光協会の上野春樹さんが事前に事務局と打ち合わせておられてようで発表されたのですが、そもそも分科会の冒頭でこの報告を入れたのは、上述のとおりM-9で今回と同様の問題提起をして、一定の解決策を提案したから、つまり議論の参考になると事務局が考えたからではないかと感じたので、わたしも上野さんの補足でこの趣旨をお話しすることにしました。しかしながら、急なことなのでうまく説明することができず、後で強く反省すると同時に、「どうしてこのことを事務局は事前に伝えてくれなかったのだろう」と残念な気持ちにもなりました。

そしてM-9の報告も終わり、次に5名の事例報告がはじまりました。

まずは福島県会津まちの駅の稲生孝之さんです。会津では多くの方にまちの駅に親しんでもらうために、まちの駅のコンセプトであるあたたかさを体現するようなイメージキャラクター「べこのん」をシンボルに、活発な活動がなされています。このことでまちの駅の認知度を上げ、さらにまちの駅間のレベルを平準化し、常に原点に帰って取り組むことが「ほんもの」のまちの駅づくりにつながるのではと稲生さんはおっしゃいました。

次に富山市まちの駅の池田安隆さんです。富山市のまちの駅は6つで、数は多くないのですが、それぞれ老舗のお店がテーマ性をもって特色を打ち出しながらネットワークをつくっていることが紹介されました。

続いて石川県白山市鶴来まちの駅の村田昭さんです。昨年の11月にはじまったばかりで比較的新しい取組ですが、ここの特徴は、行政、まちづくりNPO、そして商工会が常に連携をとりながら進んでいくしくみをつくっていることだとお話しがありました。

4人目は、静岡県焼津市まちの駅の関幸彦さんです。ここでは着地型観光にまちの駅が取り組んでおり、その事例が報告されました。

そして最後は、地元富士市まちの駅の佐野正美さんです。佐野さんからは、富士市のまちの駅は現代の茶店として、街道ウォーキングをするひとが気軽に休めることをめざしたことから様々な企画が生まれ、JR等との連携もできるようになったとお話しがありました。また前向きに、地道にといった「富士市まちの駅の5つの心構え」を常に駅長は心に置きながら、富士市まちの駅は毎日コツコツがんばっているというお話しもありました。

さて、これで事例報告も終わり、いよいよフリーディスカッション...のはずでしたが、さすがに5人の報告となると、それだけで時間のほとんどを費やしてしまい、残る時間は15分しかありませんでした。その上、この後の全体会で分科会報告を行うために、とにかく3つのキーワードを出さなければいけないということで、ほとんど議論がなされないままにただキーワードを決めるための作業で終わってしまいました。

3. 分析

酷評になるかも知れませんが、あまり成果のない分科会でした。ただそれを言うだけでは何にもなりません。次への糧とするために、今回の分科会の問題点についてしっかり分析をしておきたいと思います。

(1)貧弱なテーマ設定
先に述べたように、この分科会は毎回単発のものではなく、「まちの駅のブランドを守る」というミッションに貫かれているものです。それなのにこのテーマが「ほんもの」というひとつの単語だけでかたづけられていました。これだけでは、分科会をはじめる上での前提となる参加者全員の共通認識を得ることができませんし、実際それで皆さん混乱しているようでした。「ほんもののまちの駅とはどういうものか」を考えるのか、それとも「ほんもののまちの駅をつくるにはどうしたらよいのか」を話し合うのか、ただ「ほんもの」という貧弱な言葉だけでは、何も伝わりません。もっと言葉を大切にすべきだと思います。

(2)多すぎる事例報告
事例報告が5名で、議論する時間がほとんどありませんでした。それぞれの報告はどれもすばらしい内容で、お話しのいくつかにはほんもののまちの駅をつくるためのヒントも垣間見ることができたのですが、結局それらを活かすことができず残念でなりません。そもそもこの第4分科会のテーマは最初からはっきりしていますので、事例報告は要らないのではないでしょうか。それよりも冒頭でこの分科会で議論すべきことや議論の到達目標を示すプレゼンテーションが、コーディネーターからあった方が良かったのではないかと思います。

(3)形にとらわれたまとめ
事例発表で時間のない上に、さらに議論の時間をないものとしたのは、無理に3つのキーワードにまとめるという事務局からの指示でした。おそらく全体会で他の分科会参加者にわかるように、コンパクトに議論をまとめるという趣旨なのだと思いますが、これも結局貧弱な言葉だけで他の参加者に何も伝わるものではありませんでした。このようなキーワードでの分科会報告を意味あるものにするのは、各分科会のキーワードを集めて全体会でシンポジウムなどをして再度全員で議論するくらいの手間をかけることが不可欠なのですが、不幸にも全体会でそのような議論はなく、ただ言い放しに終わっただけでした。

わたしなりの分析は以上です。次回(あるとすればですが)は、議論するテーマについてしっかり参加者間の共通認識を得た上で、できれば最初から最後までとことん議論していくべきではないかと思います。

2008年11月 3日 (月)

富士からの手紙

今度の土曜日は、一年に一度のまちの駅全国大会

全国からまちの駅をやっている方、応援する方、そしてまちの駅ってなんだろうと興味を持っておられる方、とにかくたくさんの方々が集まります。

そして今年の開催地は、静岡県富士市。

2004年の取組当初から、わたしが少しだけですがお手伝いさせていただいたまちの駅ネットワークが主催です。

そんな富士の、とあるまちの駅から、先日一通の手紙が届きました。

「来たる11月の全国大会には遠路はるばる九州から御参加くださるとのことで、富士山同様、首を長くしてお待ちいたしております」。

081103

とのこと。申込みした参加者ひとりひとりに、富士市50のまちの駅がそれぞれ手分けして、送ってくださっているのでしょう。

全国大会はもうはじまっているんだなぁと、心がうきうきとしてきました。

富士のまちならでのきめ細やかな、そしてあたたかいおもてなしの心。

週末が楽しみです。